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2026年4月2日、アルプスの名峰シルトホルンの山頂は祝祭の雰囲気に包まれていた。
標高2970m、回転レストラン「ピッツ・グロリア Piz Gloria」に約200名の関係者や招待客が集まり、新しいロープウェイのグランドオープンを祝う式典が行われた。スイス連邦参事で運輸大臣のアルベルト・レシュティ氏も出席し、プロジェクトの節目を見届けた。この日、正式に完成が宣言されたのは大規模プロジェクト「SCHILTHORNBAHN 20XX」。約3年に及ぶ工事を経て、シュテッヘルベルクからシルトホルン山頂までの全ルートが刷新され、ついに“最終章”が開かれた。総工費は約1億3500万スイスフラン。
アルプス観光の象徴的存在が、次世代の山岳交通へと生まれ変わった。最大の特徴は、シュテッヘルベルク〜ミューレン区間に建設された最大勾配160%(58.7°)のケーブルカーだ。これは世界で最も急なケーブルカーとなる。



シルトホルンへのロープウェイが建設されたのは1960年代。ベルナーオーバーラントの谷から山頂へと至るこの交通インフラは、アルプス観光の象徴的存在となってきた。1969年には山頂に回転レストラン「ピッツ・グロリア」が誕生。さらにジェームス・ボンドシリーズの6作目の映画『女王陛下の007』(1969)のロケ地として世界的に知られるようになり、多くの旅行者を惹きつけてきた。しかし建設から半世紀以上が経過し、施設は老朽化。観光客の増加によって輸送能力の限界も見え始めていた。そこで進められたのが、ロープウェイを全面的に更新する「SCHILTHORNBAHN 20XX」プロジェクトである。




新システムで最大の見どころは、シュテッヘルベルクから山岳村ミューレンへ向かう区間だ。最大勾配160%(約58.7度)という前例のない急斜面を、ケーブルカーが一気に駆け上がる。標高差約775メートルを、わずか4分で結ぶこの路線は、名実ともに世界最急勾配を誇る。2024年12月に先行開業し、その圧倒的なスケールは世界中の注目を集めた。キャビンに乗り込むと、まず目に入るのは大きなガラス窓。床近くまで広がる窓からは、アルプスの断崖や谷がそのまま視界に飛び込んでくる。まさに「空を登る」体験だ。

ミューレンより上の区間では「フニフォー Funifor」と呼ばれる最先端ロープウェイが採用された。このシステムは2本の独立した軌道を持ち、強風の多い高山環境でも安定して運行できるのが特徴だ。片方をメンテナンスしている間ももう一方を動かすことができるため、シルトホルンは年間365日アクセス可能な山となる。さらに輸送能力は従来の約350人/時から約800人/時へと倍増。シュテッヘルベルクから山頂までの所要時間も短縮され、より快適なアクセスが実現した。


2026年4月2日、ビルク〜シルトホルン間の2本目のロープウェイが開通。これにより、ミューレン~ビルク~シルトホルン区間のフニフォーは計4本体制となり、プロジェクトは完全体へと到達した。この節目に合わせて、運営会社は新たなブランドアイデンティティも発表。山の魅力を次世代へと発信する新たなステージに入った。各駅では展望テラスや施設の刷新も進み、アルプスの絶景をより快適に楽しめる環境が整っている。
◆第1区間(ペンデル式)
シュテッヘルベルク(標高866m)~ミューレン(1641m) 全長1194m
最急勾配159.4% 1594/1000 最高速度秒速7m 定員85名 所要4分
◆第2区間(フニフォー式)
ミューレン(1641m)~ビルク(2677m)全長2774m
最急勾配73% 730/1000 最高速度秒速12m 定員100名 所要5分30秒
◆第3区間(フニフォー式)
ビルク(2677m)~シルトホルン(2960m)全長1751m
最急勾配 44% 440/1000 最高速度秒速7.5m 定員100名 所要5分20秒


全線開通という節目に合わせ、シルトホルンはブランドの刷新にも踏み出した。新たに掲げられたコンセプトは「レジェンダリー・モーメンツ(伝説的な瞬間)」。この山でしか味わえない特別な体験を、ひとつのメッセージとして表現している。ビジュアル面にも大きな変化が見られる。従来のブランドカラーであるマゼンタに加え、温かみのあるレッドを採用。山の力強さと高揚感を印象づける配色となった。
ロゴも刷新され、「Schilthorn–Piz Gloria」の文字ロゴ(ワードマーク)には、山のシルエットを思わせる“S”字型のシンボル「Peak」が加わる。新しい書体には、周囲の切り立った地形を想起させるシャープな造形が取り入れられた。刻々と変化する光や雲など、アルプスの自然そのものがデザインの背景にある。新しいブランドは現在、施設やサービスの中で段階的に導入が進められており、2026/27年冬シーズンにはその全体像が完成する予定だ。

映画の舞台として世界に知られるシルトホルンは、いま再び新しい歴史を刻み始めた。世界最急勾配のケーブルカー、そして最先端のロープウェイシステム。その空の旅は、単なる移動手段ではない。アルプスという巨大な自然に、人間が挑み、調和してきた技術の結晶である。かつてジェームズ・ボンドが訪れたこの山は、いま、未来の観光の象徴として生まれ変わった。世界最急勾配のケーブルカーで向かうアルプスの頂。その空の旅は、これまで以上にドラマチックなものになりそうだ。

取材協力: Schilthorn Piz Gloria
海外ガイドブック編集長を経て独立。現在はフォトグラファー・ライター・編集者として、企画から制作までトータルに手がけている。映画・ドラマのロケ地を巡る旅をライフワークに。雑誌連載を通じて、その魅力を発信中。