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『サウンド・オブ・ミュージック』の舞台、ザルツブルクを実際に歩いて、そしてパノラマツアーのバスでロケ地を巡ってみました。2024年には映画の公開60周年を前に、作品に登場するロケ地を中心にこの街の魅力を紹介しました。今回はその続編として、ザルツブルクの街に点在する映画ゆかりの場所を訪ね、「サウンド・オブ・ミュージック・バスツアー」にも参加。世界各地から集まった幅広い世代のファンとともに、映画の名場面をたどりました。ガイドが語るのは、ロケ地の説明だけではありません。映画の舞台裏、実在したトラップ一家の歴史、そして映画によって世界中に知られるようになったザルツブルクの物語。その豊富なエピソードを聞きながら巡るツアーは、まるで“動くサウンド・オブ・ミュージック・ミュージアム”のようでした。2026年9月20日には、いよいよ世界初のミュージアムも開館します。映画とリアルの物語が交差するザルツブルクを、今回は旅の実体験とともに紹介します。
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「どこから来ましたか?」
ツアーが始まると、ガイドが参加者に問いかけました。返ってくる答えは、実にさまざま。アメリカ、イギリス、オーストラリア、そしてアジア……。私が参加した「サウンド・オブ・ミュージック・バスツアー」には、世界各地から映画を愛する人たちが集まっていました。若者からシニアまで、世代も幅広いのです。
特に印象に残ったのが、私の後ろの席にいた10代の女性。みんなで映画の歌を歌うと、ジュリー・アンドリュースを思わせる歌い方や抑揚まで見事に再現するではありませんか。何度も映画を観て、歌を聴き込んできたのでしょう。その歌声を聞いていると、『サウンド・オブ・ミュージック』は単なる「昔の名作」ではなく、いまも世界中の人々の記憶のなかで生き続けている作品なのだと実感します。
そして、この映画に惹かれてザルツブルクでガイドをしている彼女自身も、またその一人でした。
オーストリアではなくオーストラリア出身の彼女は、交換留学で1年間ザルツブルク近郊に滞在したことをきっかけに、この国が大好きになったそうです。帰国後に『サウンド・オブ・ミュージック』を観ると、それまでとはまったく違う映画に感じられたといいます。
やがて子どもたちが成長し、それぞれの人生を歩んで世界中へ散らばったとき、人生の「第2幕」の舞台として彼女が選んだのが、大好きな映画の舞台でもあるオーストリアでした。映画をきっかけに世界中から人が集まり、その映画に導かれるように人生の舞台まで変える人がいる。
このツアーに参加して、そんな『サウンド・オブ・ミュージック』という作品の持つ不思議な力を、改めて感じました。

「ところで、皆さん。このツアーが“歌うツアー”だって知っていますか? そう、これはカラオケ・バスです!」そんなガイドの軽快なひと言で、バスの旅が始まりました。
車内には映画の音楽が流れ、窓の外にはザルツブルクの街並みが次々と現れます。最初の目的地は、映画の名場面「もうすぐ17歳」で登場するガゼボ(あずまや)。そこへ向かう途中も、ガイドの話は止まりません。
まずはザルツブルクという街の歴史から。「696年に大司教によって築かれ、1816年まで独立したカトリック教会国家として存在したザルツブルク。現在の人口は約15万5,000人、オーストリアで4番目の都市です。そして年間約130万人の観光客が訪れ、なんとその約3分の1が、あるひとつの目的でやって来るのです!」
その目的こそ、『サウンド・オブ・ミュージック』。
そこから先は、まさに映画の舞台をたどる旅です。映画のスターたちが滞在したホテル・ブリストル、ジュリー・アンドリュースも滞在したホテル・ザッハー。メンヒスベルクの丘には、マリアと子どもたちが「ドレミの歌」を歌いながら下りてきた階段。さらに、フォン・トラップ一家の邸宅として登場するフローンブルク宮殿、マリアと子どもたちが遊び着姿で駆け抜けたモーツァルト小橋、そして、実在したマリア・クチェラが見習い修道女として暮らしていたノンベルク修道院……。


バスはそれらを次々と車窓に映しながら、ザルツブルクの街を進んでいきます。映画のシーンを記憶していれば、「あ、この場所!」と気づく。知らなかった場所については、ガイドの説明を聞くことで、映画のシーンと現実の風景が少しずつ重なっていく。ロケ地を訪ねているのに、同時にザルツブルクという街そのものを知ることに。それが、このツアーの面白さでした。しかも、ガイドが語るのは映画の撮影秘話だけではありません。実在したフォン・トラップ一家の歴史、ザルツブルクの街の成り立ち、ロケ地となった建物の背景まで、話は次々と広がっていきます。

バスはやがて、あのガゼボのあるヘルブルン宮殿へ。宮殿自体は映画のロケ地とは関係なく、ガゼボももともとはレオポルツクロン城の湖畔に設置されていたものです。2024年の記事でも紹介しましたが、「もうすぐ17歳」などの歌のシーンは、ハリウッドのスタジオに造られた、ひと回り大きなセットで撮影されました。一方、このガゼボは湖畔の背景用として実際に造られたオリジナル。いったん撤去されたものの、修復されて現在の姿になっています。その復活には、パノラマ・ツアーズが集めた再展示を求める署名が一役買ったそうです。
滞在は10分ほど。参加者は互いに譲り合いながら、思い思いのポーズで記念撮影を楽しみます。ツアーの始めにガイドが「これからの4時間、私たちはみんなでひとつの大きな家族。今や私たちは“ノン・トラップ一家”です」と冗談を交えて宣言した通り、自然とお互いを気遣う雰囲気が生まれていました。
私が気になったのは、ガゼボの近くで工事が進む「サウンド・オブ・ミュージック ザルツブルク」。訪問時は2026年夏頃の開館予定でしたが、2026年9月20日に開館予定です。映画、ミュージカル、そして実在したフォン・トラップ一家の歴史を紹介する、世界初のミュージアムが、まさに映画ゆかりの地に誕生します。

バスに戻ると「もうすぐ17歳」を合唱しながら次の目的地レオポルツクローン宮殿へ。途中、2025年の映画公開60周年に世界中から多くのメディアが訪れたことが話題になりました。興味深かったのは、オーストリア人の映画への見方です。長く「ステレオタイプすぎる」「本当の物語ではない」「自分たちの歴史を正しく描いていない」と感じる人も多かったそうです。しかし、ガイドも制作に協力したという、ORF(オーストリア放送協会)の映画公開60周年を記念したドキュメンタリー『The Sound of Music: The Real Story』などをきっかけに、「これはドキュメンタリーではなく映画。作品に登場するステレオタイプの多くは、実はオーストリア的なものでもある。それなら、それも含めて楽しめばいい」という見方も広がり、ツアーに参加するオーストリア人も少しずつ増えているといいます。
次のバスストップは、湖越しにレオポルツクローン宮殿を望む湖畔です。
この宮殿はもともと個人の邸宅として建てられ、後に所有者を変え、1920年にザルツブルク音楽祭を創設したマックス・ラインハルトも所有していました。映画に登場する「アンクル・マックス」は、彼に由来する名前だそうです。

フォン・トラップ一家の屋敷は、門と玄関にフローンブルク宮殿が使われ、黒と金の装飾パネルに囲まれたボールルーム「ヴェネツィアの間」は、レオポルツクローンの舞踏室を参考にスタジオにセットが造られました。今回、ガイドの説明で初めて知ったのが、その先にある撮影の舞台裏です。宮殿を長期間撮影に使用することが許可されなかったため、すぐ隣の「マイヤーホフ(Meierhof)」の敷地に、テラスや門、半馬半魚の神獣の像までそっくり再現したセットが建設され、マリアたちがボートから落ちるシーンなどは、実際にはこのレプリカの前で撮影されたというのです。つまり、映画の中ではレオポルツクローン宮殿の建物そのものは、一度も映っていないということ。

湖畔に立つ頃には、雲に覆われていた空も開き、青空の下、白亜の宮殿が湖面に美しく映っていました。
モントゼーへ向かう前に、ガイドが語り始めたのは、映画のモデルとなった実在のマリアとフォン・トラップ一家の物語です。

1905年生まれのマリアは、幼くして両親を亡くし、教師を経てザルツブルクのノンベルク修道院へ。修道女を目指していた彼女が、病弱な子どもの家庭教師として派遣されたのが、ゲオルク・フォン・トラップと7人の子どもたちの家庭でした。子どもたちと歌い、遊び、心を通わせるうちにゲオルクと結ばれ、二人の間にはさらに3人の子どもが生まれます。
一家の運命を変えたのは音楽でした。1935年にザルツブルク音楽祭への出演をきっかけに「トラップ・ファミリー合唱団」として活動を始め、1938年のナチスによるオーストリア併合を機にオーストリアを離れてアメリカへ。世界各地で公演を重ねました。

1949年、マリアは一家の物語を本にまとめます。それはドイツで映画化され、ブロードウェイ・ミュージカルを経て、1965年、ハリウッド映画『サウンド・オブ・ミュージック』へと結実しました。実在した一家の物語を知ったところで、私たちは映画の中でマリアとトラップ大佐が結婚式を挙げたモントゼーへ向かいます。
約1時間のドライブの始まりは、もちろん「ドレミの歌」。ガイドも乗客も一緒になって歌い始めます。この曲が終わるとガイドが、ふと自分自身の思い出を語ってくれました。
「10年前、子どもたちとこのツアーに参加したとき、私はこのバスの後ろの席に座っていました。子どもたちを膝に乗せて、『ドレミの歌』を歌いながら、今のように振り付けをしていたんです(笑)。そのとき子どもたちに言ったんですよ。『いつか、サウンド・オブ・ミュージックのツアーガイドになりたい! だって、こんなに楽しい仕事ってある?』って。オーストリアで新しい人生を始めたとき、旅行代理店を経営していたのですが、ずっとパソコンの前に座っている仕事。そこで、外に出ようと思って……それで、ここに来たんです(笑)」

バスはザルツブルクを離れ、ザルツカンマーグートの湖水地方へ。フシュル湖、ヴォルフガング湖と湖が次々と現れ、やがて車窓には、映画でマリアと子どもたちがピクニックへ向かう途中、蒸気機関車に乗るシーンが撮影されたシャーフベルク山やアルプスの峰々も姿を見せます。車内には「エーデルワイス」「すべての山に登れ」「私のお気に入り」「ひとりぼっちの羊飼い」……映画の名曲が響きます。
湖畔の町モントゼーに到着すると、今回のツアー最大のハイライトが待っていました。バスを駐車場に停め、旧市街へ歩いて向かいます。青空の下に現れたのは、伝統的なハプスブルク・イエローと白のコントラストが美しい、聖ミヒャエル大聖堂(モントゼー教区教会)。ここが、マリアとトラップ大佐の結婚式のシーンが撮影された場所です。

実際に二人が結婚したのは、ザルツブルクのノンベルク修道院。では、なぜ映画ではこの修道院が使われなかったのでしょうか。
ガイドによれば、ロバート・ワイズ監督が求めたのは、まるで王室の結婚式のような、壮大で華やかなシーン。しかし、神聖な祈りの場であるノンベルク修道院に、大規模な撮影スタッフや機材を持ち込むことは認められませんでした。そこで周辺の教会を探し、ロケ地に選ばれたのがモントゼーだったのです。

撮影は1964年4月23日、わずか1日で行われました。とはいえ、その規模は大掛かりなもので、教会内には約1000人ものエキストラが参加。長いバージンロードを歩くマリアを印象的に捉えるため、教会内には足場を組んでカメラを設置し、広角レンズで撮影しました。そして、長いトレーンを引くマリアのウェディングドレスも、このシーンのために特別に用意されたもの。教会、衣装、カメラワーク、そして大規模なエキストラ。実際の結婚式とは異なる、映画ならではの「もうひとつの結婚式」が、ここモントゼーでつくられたのです。

モントゼーを後にすると、バスはザルツブルクへ向かいます。帰路の車内で始まったのは、映画公開40周年を記念して制作されたドキュメンタリー映像です。ナレーションを務めるのは、映画で長女リーズルを演じたシャーミアン・カー。2016年9月に亡くなった彼女が、撮影当時の思い出やロケ地を自らの言葉で語る貴重な映像です。

そんな彼女の言葉とともに映し出されるのは、オープニングや歌のレッスンシーンが撮影されたヴェルフェンの丘、ノンベルク修道院、レオポルツクローン宮殿、フローンブルク宮殿、モーツァルト小橋、そしてミラベル庭園などのロケ地が紹介されます。そして、映画のために複数のロケーションを組み合わせたことや、実際のフォン・トラップ一家がナチス政権下のオーストリアを離れ、イタリアを経てアメリカへ渡ったことなど、映画と史実の違いも紹介されます。モントゼーの教会で撮影された結婚式、レオポルツクローンの湖畔でのボート転覆、ミラベル庭園での「ドレミの歌」……。つい先ほどまで自分が立っていた場所で、60年以上前に俳優たちが演じていた――その事実に改めて触れ、時を超えて同じ空間を共有したことを実感できました。
して、シャーミアン・カーの言葉で最も印象に残ったのは、
「映画より前に、ミュージカルより前に、そしてフォン・トラップ一家より前に、『そこにはザルツブルクがあった』――」。
映画によって世界中に知られるようになった街ですが、彼女の言葉を聞いていると、むしろザルツブルクという街そのものが、映画を特別なものにしたのだと気づかされます。
やがてバスはザルツブルクへ戻り、最後の目的地、ミラベル庭園へ向かいます。

「ドレミの歌」は、ザルツブルク滞在中の約2カ月半をかけ、9カ所の異なるロケーションで撮影されました。そのなかでもミラベル庭園は、まさにロケ地の宝庫です。マリアと子どもたちが庭園を駆け抜け、ペガサスの泉を囲んで行進し、小人庭園を通り、最後に階段を駆け上がっていく――。映画の一連の場面が、実際には庭園のさまざまな場所をつないで作られていたことがわかります。
そして今、目の前にあるのは、その「ドレミの歌」のシーンが生まれた風景です。さっきまでバスのスクリーンで見ていた60年前の映像と、いま自分が立っている風景が重なっていきます。

ここでガイドと別れ、約4時間にわたる「ノン・トラップ一家」の旅も終わりを迎えます。目の前の「ドレミの階段」では、映画と同じポーズで記念撮影をする人たちが次々とシャッターを切っています。
その光景を眺めながらツアーを振り返ると、これは単なるロケ地巡りではなかったのだと気づきます。映画のシーンを追い、実在したフォン・トラップ一家の物語に触れ、ザルツブルクの歴史や音楽文化を知り、そして時には歌いながら、その世界を実際に移動してきたのです。
映画の世界と史実を、バスに乗って、歌いながら体験する。――まさに「動くサウンド・オブ・ミュージック・ミュージアム」です。
そして2026年9月20日、ザルツブルクにはもうひとつの「サウンド・オブ・ミュージック」が誕生します。これまで街のあちこちに点在していた映画の記憶と、実在したトラップ一家の物語を一つに集める、世界初のミュージアム「サウンド・オブ・ミュージック ザルツブルク」です。
街を走る「動くミュージアム」と、歴史を未来へ伝える新しいミュージアム。60年以上にわたってザルツブルクとともに歩んできた『サウンド・オブ・ミュージック』の物語は、これからも続いていきます。
今回のツアーでは時間の都合で訪れなかったロケ地もあります。そこでツアーとは別の機会に、映画に登場するいくつかの場所を歩いてみました。







ザルツブルクを舞台にした『サウンド・オブ・ミュージック』は、1965年の公開から60年以上を経た今も、世界中の人々をこの街へと誘い続けています。ロケ地を巡るツアーや街歩きが人気を集める一方、これまで映画とミュージカル、そしてトラップ一家の歴史を総合的に紹介する施設はありませんでした。
その新たな一歩となるのが、2026年9月20日にヘルブルン宮殿に開館する「サウンド・オブ・ミュージック ザルツブルク」です。世界初となる『サウンド・オブ・ミュージック』のミュージアムとして、作品の誕生からブロードウェイ・ミュージカル、ハリウッド映画としての世界的な成功、さらにトラップ一家の実像までを多角的に紹介します。
舞台となるのは、17世紀に建てられた歴史あるヘルブルン宮殿。その敷地内にある狩猟館や馬車庫などを展示スペースとして活用し、映画ゆかりの資料や映像、物語を通して、作品がどのように世界的な文化現象となったのかをたどります。
そして、展示の象徴ともいえるのが、庭園に佇むガゼボです。「もうすぐ17歳」や、マリアとトラップ大佐の「何かいいこと」の印象的なシーンが撮影されたこの場所は、いまや世界中のファンにとって特別な存在。1991年にレオポルツクローン宮殿から移設されて以来、多くの人々を迎えてきました。

Fürstenweg 37, 5020 Salzburg, Austria(ヘルブルン宮殿敷地内)
+436628203720
09:30 〜 16:30(月曜日〜日曜日) ※宮殿の営業時間に準ずる
冬季休館あり(春から秋にかけての季節営業ミュージアムとなる予定)
https://www.salzburgmuseum.at/en/location/soundofmusicsalzburg/
今回のザルツブルク滞在では、映画の舞台となった風景を実際に訪ね、その物語を追体験することができました。そしてこれからは、ロケ地を巡るバスツアーに参加し、新たに誕生するミュージアムで作品の背景を深く知る。そんな旅が、『サウンド・オブ・ミュージック』の故郷・ザルツブルクを、さらに印象深いものにしてくれるはずです。
映画の世界をたどり、物語を知る。その両方を楽しむ旅へ、ぜひザルツブルクを訪れてみてください。
Special Thanks to:
– ザルツブルク市観光局
– Salzburg Museum
– Panorama Tours
海外ガイドブック編集長を経て独立。現在はフォトグラファー・ライター・編集者として、企画から制作までトータルに手がけている。映画・ドラマのロケ地を巡る旅をライフワークに。雑誌連載を通じて、その魅力を発信中。