モネは「睡蓮」だけじゃない ―― 光を追い続けた画家の挑戦
モネ没後100年 「クロード・モネ -風景への問いかけ」

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煙と光が溶け合う《サン=ラザール駅》1877年、オルセー美術館。モネが追い続けたのは、形ではなく、光の印象でした。

オルセー美術館が誇る世界最高峰のモネ・コレクションが集結する「モネ没後100年 クロード・モネ ―風景への問いかけ」が、2026年2月7日(土)から5月24日(日)までアーティゾン美術館(東京・京橋)で開催中です。印象派を代表する画家クロード・モネ(1840–1926)は、自然光の移ろいに魅せられ、同じ風景を繰り返し描きながら“時間の流れ”そのものを表現しようとしました。ル・アーヴルからジヴェルニーまで、生涯にわたり向き合った土地と制作をたどりつつ、風景画をどのように革新していったのかを紹介します。会場には、オルセー美術館所蔵のモネ作品41点(日本初公開作15点を含む)を核に、絵画、写真、浮世絵、アール・ヌーヴォーの工芸など約140点が集結。自然と真摯に向き合ったモネのまなざしが、いまを生きる私たちに静かな問いを投げかけます。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《クロード・モネ》1875年、オルセー美術館

クロード・モネ/Claude Monet(1840–1926)
クロード・モネは、ルノワール、シスレー、バジールらとともに印象派を創設したフランスの画家であり、その理念を最も一貫して体現し続けた存在です。自然を前にして自らの「知覚」を描く――とりわけ戸外制作(アン・プレール)によって光や空気の移ろいをとらえる姿勢は、近代絵画の扉を開きました。
その原点には、ノルマンディーの海辺で出会った画家ウジェーヌ・ブーダン(1824–1898)の存在があります。ブーダンから油彩と戸外制作の手ほどきを受けた若きモネは、屋外で刻々と変化する光を描くことの重要性を学びました。

ウジェーヌ・ブーダン《エトルタ、アモンの断崖》1896年、オルセー美術館

3つのキーワードで読み解くモネ

本展のキービジュアルにもなっている《戸外の人物習作−日傘を持つ右向きの女》は、モネ芸術の核心を鮮やかに示す一作です。モネが描こうとしたのは、目の前の風景そのものではなく、刻々と変化する光でした。風に揺れる草原、流れる雲、陽光を受けて輝く白いドレス。人物を描きながら、主役はあくまで光です。この一枚から、モネを読み解く3つのキーワードが見えてきます。

クロード・モネ《戸外の人物習作−日傘を持つ右向きの女》1886年、オルセー美術館、1875年に妻カミーユと息子ジャンをモデルに描いた《散歩−日傘をさす女性》に近い構図で描かれている。

1|変化する光 ―― 瞬間をとらえる

モネが描こうとしたのは、目の前の風景そのものではなく、刻々と変化する光でした。
朝の淡い空気、午後の強い日差し、夕暮れの揺らめき。自然は決して静止せず、同じ景色であっても二度と同じ表情を見せることはありません。

クロード・モネ《昼食》1873年頃、オルセー美術館

戸外制作(アン・プレール)によって光を直接とらえようとしたモネにとって、屋外は何よりの制作の場でした。《戸外の人物習作−日傘を持つ右向きの女》では、風に揺れる草原の上で、白いドレスが陽光を受けてきらめきます。人物像でありながら、画面を満たしているのは光と風の動きです。一方、妻カミーユや息子ジャンなど身近な家族をモデルにした《昼食》では、木陰に差し込む柔らかな日差しが人物やテーブルクロスに落ち、夏の午後の穏やかな空気を伝えます。ここでも主役は人物の輪郭ではなく、その場を包み込む光です。

クロード・モネ《パリ、モントルグイユ街、1878年6月30日の祝日》1878年頃、オルセー美術館

祝祭の旗が通りを埋め尽くす《パリ、モントルグイユ街、1878年6月30日の祝日》では、はためく三色旗と建物に降り注ぐ陽光が、都市の高揚感を鮮やかに描き出しています。風景であれ都市であれ、モネが追い求めたのは固定された形ではありませんでした。二度と繰り返されることのない「今」という瞬間、その光の状態そのものをすくい取ろうとしたのです。

2|“印象”を描く ―― 見えるものではなく、感じたもの

1874年の第1回印象派展で発表された《印象・日の出》。この作品名に由来して「印象派」という呼称が生まれました。モネが大切にしたのは、対象の輪郭を正確に再現することではありません。光や空気を通して自らが感じ取った“印象”そのものを画面に定着させることでした。揺れる色彩、溶け合う筆触。そこにあるのは客観的な描写ではなく、見るという行為の体験です。

クロード・モネ《トルーヴィル、ロシュ・ノワールのホテル》1870年、オルセー美術館

海辺を描いた《トルーヴィル、ロシュ・ノワールのホテル》では、輪郭の明確さよりも、光と空気の揺らぎが画面を支配しています。フランス北部の避暑地トルーヴィルに広がる、明るく開放的な海辺の空気が映し出されています。さらに《黄昏、ヴェネツィア》では、建築物の輪郭さえも夕暮れの光に溶け込み、都市は色彩のハーモニーとして立ち現れます。モネが描いたのは、対象の正確な姿ではなく、その場に満ちる光の気配と、心に残る印象でした。

クロード・モネ《黄昏、ヴェネツィア》1908年頃、石橋財団アーティゾン美術館
クロード・モネ《かささぎ》1868-69年、オルセー美術館、修復後世界初の公開

雪景色を描いた《かささぎ》では、白一色に見える雪の上に落ちる青や紫の影が、冬の澄んだ静けさを際立たせています。モネは柔らかな冬の陽光と雪面の反射を丹念に観察し、「白」の中に潜む微妙な青やピンクの色調をすくい取りました。単なる雪景色ではなく、光によって刻々と表情を変える冬の空気そのものを描き出しているのです。

風景を「見る」のではなく、「感じる」。その姿勢こそが、近代絵画の扉を開いた革新でした。

3|連作 ―― 時間の経過や移ろう光を描くという試み

その一瞬をすくい上げること。それが、モネの絵画の出発点でした。しかし、移ろい続ける自然を一枚の画面だけで捉えることはできない。そう考えたモネは、同じモティーフを繰り返し描く「連作」という方法へとたどり着きます。

クロード・モネ《ポプラ並木、風の日》1891年、オルセー美術館

「ポプラ並木」は、川沿いに並ぶポプラの木々を、異なる時間や天候のもとで描いた連作です。季節の移ろいとともに、空気の湿度や光の色が微妙に変化し、同じ風景がまったく異なる表情を見せます。自然は固定された存在ではなく、刻々と変わる現象であることを示しています。

クロード・モネ 左:《ルーアンの大聖堂 扉口 朝の太陽》、右:《ルーアンの大聖堂 扉口とサン=マロン塔 陽光》1983年、オルセー美術館

「ルーアンの大聖堂」は、壮麗なゴシック建築の正面を大胆に切り取り、時間帯ごとに描き分けた連作です。朝の冷たい光、正午の強い日差し、夕暮れの赤みを帯びた輝き――石の壁は光を受けて絶えず色を変えます。建築物でありながら、主題は“光そのもの”です。

クロード・モネ《ロンドン国会議事堂、霧の中に差す陽光》1904年、オルセー美術館

《ロンドン国会議事堂、霧の中に差す陽光》は、テムズ川の霧に包まれた国会議事堂を描いた連作です。輪郭は大気に溶け込み、建物はほとんどシルエットとして浮かび上がります。モネにとっては都市の風景さえも、光と霧が織りなす大気の実験場となっています。

クロード・モネ《睡蓮の池、緑のハーモニー》1899年、オルセー美術館

晩年に築いたジヴェルニーの庭や池もまた、この探究を実現するための舞台でした。自然を前にするだけでなく、自ら創り出すことで、光と時間の変化を描き続けたのです。
《睡蓮の池、緑のハーモニー》や《ジヴェルニーの庭》において、風景はもはや特定の場所を描くものではなく、光と色彩が溶け合う空間そのものへと変容しました。水面に映る空と木々、揺らぐ色彩。そこでは「瞬間」は連なりとなり、時間そのものが画面に広がっていきます。

クロード・モネ《ジヴェルニーのモネの庭》1900年、オルセー美術館

瞬間ごとに変化する光をとらえようとしたこと。
目に見える形ではなく、心に届いた“印象”を描こうとしたこと。
そして、一枚では捉えきれない時間の流れを、連作という方法で提示したこと。

この三つの試みは、それぞれ独立しているようでいて、実はひとつにつながっています。モネが追い続けたのは、風景そのものではなく、光の中で絶えず変化する「知覚」の体験でした。本展に並ぶモネの作品は、その探求の軌跡です。画面の前に立つとき、私たちは百年前の風景を見るのではなく、モネのまなざしを通して、今この瞬間の光と向き合うことになります。それこそが、没後100年を迎えた今なお、モネが私たちに語りかけてくる理由なのです。

ミュージアムショップも楽しみのひとつ

本展覧会では、2階の常設ショップと3階のモネ展特設ショップで、ここでしか手に入らないオリジナルグッズが豊富にそろっています。展覧会の公式図録や、モネの作品をモチーフにしたキャンバストートやTシャツ、ステーショナリー、雑貨など、美術館での体験を日常でも楽しめるアイテムが並びます。公式図録はモネの制作拠点や作品を丁寧に紹介する一冊です。

3階のモネ展特設ショップ
《LUPICIA》紅茶1,650円(税込)、SNOOPY in ART COLLECTION ハンカチ[モネ/睡蓮]770円(税込)、SNOOPY in ART COLLECTION 刺繍キーホルダー[モネ/睡蓮]1,100円(税込)

美術館から始まる小さな旅

2026年はモネ没後100年という特別な年。
生まれ故郷ノルマンディーと創作の舞台となったパリ地方では、この一年を通してモネへのオマージュが続きます。彼が何度も足を運び、光の移ろいを見つめ続けた風景に、あらためて思いをはせたくなります。ノルマンディの海辺、セーヌ川のほとり、花に囲まれたジヴェルニーの庭。そしてパリでは、オルセー美術館 や オランジュリー美術館、そして マルモッタン・モネ美術館に、モネの時間が今も静かに流れています。

▼印象派を巡る旅2026 、ノルマンディーとパリ地方で祝うモネ没後100年(フランス観光開発機構)
https://www.france.fr/ja/unmissable/monet-impressionnisme-2026/

展覧会で心に残った一枚の、その先には、画家が見ていた風景があります。そんな想像をたよりに、美術館から始まる小さな旅に出てみる――それもまた、モネと出会うもうひとつの方法なのかもしれません。

モネのまなざしに出会う特別な時間を

忙しい毎日のなかで、空の色や風の気配に気づく瞬間は、どれくらいあるだろう。
モネの絵の前に立つと、柔らかな光に包まれ、時間の流れが緩やかになるのを感じるはずです。没後100年という特別な節目に出会う、モネのまなざし。きっとそこには、今の私たちが忘れかけている「自然と向き合う時間」があります。この春、アーティゾン美術館で、あなた自身の“光の時間”を見つけてみませんか。

展覧会名:モネ没後100年 「クロード・モネ -風景への問いかけ」
会期:2026年2月7日(土)~2026年5月24日(日)
会場:アーティゾン美術館6・5階展示室MAP
休館日:2月16日(月)、3月16日(月)、4月13日(月)、5月11日(月)
開館時間:10:00-18:00 *入館は閉館の30分前まで
※3月20日を除く金曜日、5月2日(土)、5月9日(土)、5月16日(土)、5月23日(土)は20:00まで開館
公式サイト: https://www.artizon.museum/exhibition_sp/monet2026/
※お出掛けの際には、必ず最新情報を施設の公式ウェブサイトでご確認いただくか、施設にお問い合わせください。

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小坂伸一
EXSENSES公式ライター

海外ガイドブック編集長を経て独立。現在はフォトグラファー・ライター・編集者として、企画から制作までトータルに手がけている。映画・ドラマのロケ地を巡る旅をライフワークに。雑誌連載を通じて、その魅力を発信中。

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