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「ちょっといい旅って、どんな旅?」
紅葉にはまだ少し早い10月下旬、山々が冬支度を始める新潟県南魚沼市を訪れました。冬には数メートルの雪に閉ざされる豪雪地帯で、その山あいに「里山十帖」は佇んでいます。厳しい自然と共に生きてきた雪国の知恵に触れながら、眠っていた五感をひとつずつひらいていく。
そんな1泊2日の滞在で見つけた、もうひとつの「贅沢」をお届けします。
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里山十帖が掲げるのは、「Redefine Luxury(贅沢の再定義)」という言葉です。ここは「お篭もり旅館でも、サービスを競うホテルでもない」と宿自身が語り、体験と発見こそが真の贅沢だと考えています。
豪雪という厳しい風土が育んできた暮らしの知恵や建築、食を、いまの感性で編み直す。懐かしい田舎体験とも、きらびやかなラグジュアリーとも違う、もうひとつの豊かさの提案です。
レセプションのある母屋は、築150年を超える越後の豪農の家です。もとは新潟県内の別の地域で養蚕や馬の飼育に使われていた農家を約40年前にこの地へ移築し、2014年に「里山十帖」として生まれ変わりました。
見上げると、太く硬い欅(ケヤキ)の梁と柱が縦横に組まれています。最大で10メートル近く積もる雪の重みに耐えるための骨組みで、いまでは手に入りにくい材だそうです。その上には、地震の揺れや温度による伸び縮みをしなやかに受け流す松を配し、釘を使わずに木と木を組み上げています。現代の断熱改修も施されているので、雪国の寒さを感じることなく、この構造美のなかでくつろげます。
その力強い骨組みのなかに、北欧をはじめとする名作家具が驚くほど自然に溶け込んでいます。運営母体はデザイン家具の販売や空間づくりも手がけていて、館内はいわば“泊まれるショールーム”です。

館内に飾られた品々にも、この土地の物語が宿っています。宿のシンボルは、楠から削り出された120年前の「打ち出の小槌」です。グランドオープンの際に儀式として振ったところ、その衝撃で古民家全体が揺れてしまい、以来一度も振られていないという微笑ましい逸話も聞かせてもらいました。

ほかにも、塩沢紬の商人が江戸から持ち帰った歌舞伎の浮世絵、北前船の交易で九州などから運ばれてきた古陶磁器、海側から描かれた新潟の古地図が並びます。雪に閉ざされる山里が、かつては交易によって豊かな文化を集めていたことを静かに伝えています。
玄関で靴を脱いだら、館内は素足で過ごします。幅の広い杉の床は、歩くたびに足裏へやわらかな温もりを伝えてくれます。靴を脱ぐ、ただそれだけのことで、ふだん閉じている触覚がひらいていくのを感じました。
客室やラウンジには、ペットボトルの水は置かれていません。部屋のカラフェに入っているのはこの土地の水道水で、蛇口から出る水そのものがミネラルウォーターのように清らかなのだそうです。滞在中に使うマイタンブラーは、そのまま持ち帰ることもできます。タオルの繰り返し使用の提案など、洗剤や排水による環境への負担を減らす工夫は随所にあります。それを押しつけがましく感じさせず、心地よい滞在の一部にしているところに、この宿らしさを感じました。
冬には10メートル近い雪に包まれる南魚沼。かつては冬を越すこと自体が、命がけだったといいます。物流の途絶える冬を越すために生まれた「保存」と「発酵」の技は、まさに生きるための知恵です。
里山十帖の料理は、その知恵を現代の技術と感性で一皿に仕立てる「ローカル・ガストロノミー」です。お腹を満たすだけの「飽食」ではなく、心とからだを養う「豊食」を目指しています。
春、夏、秋と季節が終わるたびに、人々は山菜や野菜、魚を塩漬けにし、発酵させて冬に備えてきました。私たちが訪れた夜のコースには、今年よく実ったという天然キノコをはじめ、秋の恵みと雪国の知恵が重なる料理が並びました。
最初の一杯は「天然キノコの濃厚スープ」です。水も出汁も使わず、キノコから出る水分と旨みだけで仕上げたスープは、森の香りをそのまま閉じ込めたような味わいでした。
新潟で「かきのもと」と呼ばれる食用菊のお浸しには、松の実の香ばしさと、生姜とミョウガの爽やかさが重なります。炭火で炙った平政(ヒラマサ)はお粥仕立てで、地元の辛子を添えていただくと、からだの内側からじんわり温まっていきます。
お椀の蓋を開けると、ふわりと柚子の香りが立ちのぼります。蓮根餅の上には、小豆やとうもろこし、ナス、旬のキノコ、可憐な花。柚子を溶かすごとに、出汁の表情が変わっていきます。

印象に残ったのが、「十三夜」と名付けられた一皿です。栗の甘みを渋皮ごと閉じ込めた「渋皮栗」に、蟹肉を木の実とゴマの香ばしさで包んだ団子。里芋を練り込んだ生地には地元の唐辛子味噌が忍ばせてあり、甘辛い味わいが広がります。鶏肉の団子には椎茸とミョウガが効いていて、後味は爽やか。4つの団子それぞれに、違った秋の表情がありました。
揚げ物は、鮎を春巻きの皮で包んだ「落ち鮎」でした。南瓜の天ぷら、青みかん、甘酸っぱい蓮根が添えられ、食感と酸味の対比が楽しめます。メインは、三色の葡萄のソースで柔らかく煮込んだ牛頬肉に、カリカリのごぼうを添えた一品です。

コースの締めくくりは、一汁三菜。佐渡で揚がったハゼの蒸し焼きには白髪ねぎがたっぷりとのせられ、天然キノコの小鉢、お椀、そして漬物が並びます。土鍋で炊き上げたご飯は日本有数の米どころ、南魚沼のコシヒカリ。お米は季節によって水分量が少しずつ変わるため、新米の時期はもちろん、その変化を見極めながら、研ぎ方や水の量、水温まで1℃単位で調整しているそうです。

ひと粒ひと粒が艶やかで、ふわりと甘い香りが立ちのぼります。噛むほどに甘みが広がり、毎日食べているはずのお米が、こんなにも特別に感じられるとは思いませんでした。

デザートは花のシロップのゼリーとブドウ、素朴なごぼうクッキー。豪華な料理が続いたあと、いちばん心に残ったのは、シンプルな一杯のご飯でした。

この「豊食」を厨房で形にしているのが、料理長の桑木野恵子さんが率いる調理チームです。ヨガやアーユルヴェーダ、ベジタリアン料理を学んできた桑木野さんは、2023年に「Best Vegetables Restaurants」で世界13位に選ばれ、「Best Lady Vegetable Chefs 2023」も受賞しています。
今回お話を伺ったのは、日本料理を専門とする副料理長(スーシェフ)の穴沢涼太さん。チームがもっとも大切にしているのは、「食材の味を殺さないこと」だといいます。

「昔ながらの漬物や発酵食を、そのまま出すわけではないんです。いまの私たちのからだや感覚に、どう合わせていくかを考えています」仕入れの状況や季節の移ろいに合わせて、チーム全員で試作と話し合いを重ね、コースを仕上げていくそうです。炊きたてのご飯ひと粒にまで、その姿勢が表れているように感じました。

源泉は、「美肌の湯」として親しまれてきた大沢山温泉。pHが高く、とろりとなめらかな湯が肌を包み、一日の疲れやこわばりがお湯に溶け出していくようでした。
昼は目の前に名峰・巻機山(まきはたやま)がそびえ、冬支度を始めた山肌を眺めながら、ただ湯に浸かる時間が流れます。
湯処の名前「天の川」は、明かりの少ない里山の夜空に、満天の星と天の川が見えることから名付けられたもの。夜が更けると、聞こえるのは湯の流れる音だけ。静けさのなかで湯に身をゆだねていると、頭のなかまで少しずつ静かになっていくのを感じます。

0263878606
チェックイン 15:00/チェックアウト 11:00
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「ちょっといい旅って、どんな旅?」。その答えは、思いのほか身近なところにありました。
靴を脱いで、木の温もりを感じること。雪国の知恵が詰まった一皿を味わうこと。湯に浸かりながら、ただ山を眺めること。どれもささやかなことなのに、心とからだが確かに満たされていく。日常に戻ったいまも、足裏に残る杉の床の温もりが、ふとした瞬間によみがえります。
まもなく、この里山は深い雪に包まれます。雪の季節の里山十帖は、どんな表情を見せてくれるのだろう。そう思うと、また訪れたくなりました。
あなたにとっての「ちょっといい旅」を探しに、冬支度の里山へ出かけてみませんか。