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国立西洋美術館では、2026年9月23日(水・祝)まで、「版画家レンブラント 挑戦、継承、インパクト」が開催中です。本展は、オランダ・アムステルダムにあるレンブラント・ハウス美術館と、国内有数のレンブラント版画コレクションを所蔵する国立西洋美術館の作品を中心に、国内外の美術館や大学図書館、個人コレクションから集められた作品や関連資料を加え、「版画家」としてのレンブラントの革新性と、その芸術が同時代から近現代へと与えた影響をたどる展覧会です。
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レンブラントといえば、《夜警》や《テュルプ博士の解剖学講義》などの油彩画で知られる巨匠という印象が強いかもしれません。しかし本展が光を当てるのは、約300点ものエッチングを残し、版画表現に新たな可能性を切り拓いた「版画家レンブラント」の姿です。エッチング、ドライポイント、ビュランを自在に使い分け、自由で滑らかな線描や繊細な明暗表現を追求したその挑戦は、17世紀にとどまらず、ゴヤやマティス、ピカソら後世の芸術家たちにも大きな影響を与えた。
会場は「挑戦」「継承」「インパクト」の三章で構成され、前半ではレンブラント自身のエッチング作品を通して、その革新的な表現と創作の歩みを紹介。後半では、レンブラントが後世の芸術家や文学、美術批評にまで及ぼした影響を、多彩な作品と資料によってひも解いていきます。世界屈指のレンブラント・ハウス美術館のコレクションと国立西洋美術館所蔵作品ほかが一堂に会することで、油彩画の巨匠というイメージだけでは語り尽くせない芸術家レンブラントの創造性に迫る内容となっています。
オランダ・アムステルダム旧市街にあるレンブラント・ハウス美術館は、レンブラントが1639年から1658年まで実際に暮らし、制作活動を行った住居兼アトリエを公開する世界唯一のレンブラント専門美術館です。17世紀当時の住居やアトリエが忠実に復元されているほか、世界有数のレンブラント・エッチング・コレクションを所蔵しています。
本展の核となるコレクションを担う同館では、レンブラントの代表的なエッチングをはじめ、素描や関連資料を通して、版画家としての創作の軌跡をたどることができます。館内ではエッチングの制作実演も行われており、レンブラントが挑み続けた版画技法を間近に体感できるのも大きな魅力です。


レンブラントがエッチングの制作を始めた1625年頃、ヨーロッパの版画は大きな転換期を迎えていました。当時の版画の主流は、ビュランで銅板を直接彫るエングレーヴィング(銅版画)で、正確で端正な線描が高く評価されていました。一方、エッチングはその簡易版代として見られることが多く、芸術表現としてはまだ発展途上の存在でした。

そうした時代に、レンブラントはエッチングならではの自由な線描に着目します。まるでペンでスケッチするような軽やかな線を生かしながら、光と影の繊細な移ろいや人物の豊かな感情まで描き出そうと挑みました。さらに、ドライポイントやビュランを組み合わせ、紙やインクにも工夫を凝らすことで、それまでにない表現世界を切り拓いていきます。

会場には、自画像や家族、友人を描いた肖像画や頭部習作(トロニー)、聖書や神話を題材とした物語画、風景画など、多彩なエッチング作品が並びます。とりわけ、自画像や頭部習作には、驚きや笑み、思索、老いなど、実にさまざまな表情が刻まれており、人物表現を探究し続けたレンブラントの飽くなき実験精神を感じ取ることができます。
また、レンブラントは銅板をスケッチブックのように用い、思いついたモティーフを自在な線で描き留めるという、当時としては斬新な制作方法も試みました。完成作品のための習作にとどまらず、その過程そのものを作品として昇華した点にも、革新者としての姿勢がうかがえます。

黒と白だけで構成された小さな版画の世界に、豊かな光と空気、人間の息づかいまで描き出す──。レンブラントがエッチングに託した挑戦は、版画を単なる複製技術から独立した芸術へと押し上げ、その後の美術史を大きく変える第一歩となりました。

金属板を防蝕剤で覆い、その上から針で線を描き、酸で腐食させて製版する技法。自由に描けるため、まるでペンでスケッチするような軽やかな線が特徴。レンブラントはこの技法を軸に、豊かな光と影、人物の繊細な表情を表現した。
鋭い針で金属板を直接引っかいて線を刻む技法。刻んだ際にできる「まくれ(バリ)」にもインクが付くため、柔らかく、ビロードのような温かみのある線が生まれる。ただしバリは刷るたびに摩耗するため、多くの枚数を刷ることはできない。
ビュランと呼ばれる彫刻刀で金属板を直接彫る技法。シャープで端正な線を刻むことができ、細密な描写に適している。一方で修正が難しく、高い技術を要するため、職人的な版画技法として発展した。

レンブラントが切り拓いたエッチングの革新は、一人の芸術家の挑戦で終わることはありませんでした。その自由な線描や豊かな明暗表現は、弟子や同時代の画家たちへと受け継がれ、さらにヨーロッパ各地へと広がっていきます。

本章では、レンブラント工房で学んだ弟子フェルディナント・ボルをはじめ、イタリアの版画家ステファーノ・デッラ・ベッラら追随者の作品を通して、レンブラントが生み出した表現がどのように継承され、それぞれの個性へと発展していったのかを紹介しています。作品を見比べることで、師から受け継いだ光と影の表現や自在な線描が、時代や地域を超えて新たな表現へと変化していく様子を感じ取ることができます。


興味深いのは、レンブラントの版画を支えたのが画家たちだけではなかったことです。当時からレンブラントのエッチングは熱心な愛好家や収集家の間で高く評価され、作品は丹念に蒐集されていきました。そうしたコレクションをもとに編纂されたカタログ・レゾネ(全作品総目録)は、作品の研究や真贋の判定に欠かせない存在となり、レンブラント芸術を後世へ伝える重要な役割を果たしています。

作品を制作する画家、技法を受け継ぐ弟子や追随者、そして作品を守り、研究し、未来へ伝える愛好家たち──。多くの人々の手を経ることで、レンブラントの革新的な版画芸術は、17世紀から現代へと脈々と受け継がれてきたのです。

レンブラントのエッチングがもたらした革新は、17世紀だけにとどまりませんでした。没後もその作品は版画家や愛好家たちによって受け継がれ、19世紀になると再び大きな注目を集めることになります。
その背景にあったのが、「エッチング・リバイバル(腐蝕銅版画復興運動)」です。写真技術の発達によって版画の役割が大きく変わるなか、芸術家の個性や創造性を最も豊かに表現できる技法として、エッチングが改めて見直されました。その象徴として再評価されたのがレンブラントでした。自由な線描や大胆な明暗表現、一枚ごとに異なる表情を見せる独創的な制作姿勢は、多くの芸術家たちに新たな創作の道を示したのです。第3章「世紀を超えるインパクト」では、版画作品に加え、レンブラントへの関心が文学や批評へと広がっていったことを示す資料も紹介されています。


本章では、フランシスコ・デ・ゴヤをはじめ、フェリックス・ビュオ、メアリー・カサットらの版画作品を通して、その影響の広がりを紹介しています。さらに、アンリ・マティスやパブロ・ピカソ、アルベルト・ジャコメッティといった20世紀を代表する芸術家たちの作品には、レンブラントへの敬意を込めた引用や翻案も見られ、時代や表現様式を超えて受け継がれてきた創造の系譜を実感することができます。



本展のミュージアムショップには、公式図録やポストカード、クリアファイル、トートバッグなどの定番グッズに加え、食品も充実しています。レンブラントの《書斎の学者(ファウスト)》をパッケージにあしらった塩味のせんべいや、チューリップ形のサブレなど、展覧会ならではのお土産が並びます。さらに、協賛企業キッコーマンによる本展オリジナルラベルのしょうゆボトルなど、ユニークなコラボレーション商品も登場。鑑賞の思い出を持ち帰る一品を探すのも楽しみの一つです。
ピカソがどのようにして才能を開花させていったのか――。その原点を、「カフェ」という場所から読み解くことが、本展ならではの大きな見どころの一つと言えるでしょう。

レンブラントがエッチングで切り拓いた自由で革新的な表現は、弟子や追随者をはじめ、ゴヤ、マティス、ピカソら後世の芸術家たちへと受け継がれ、美術史に大きな足跡を残しました。本展は、「油彩画の巨匠」という誰もが知るレンブラント像に、「版画家」という新たな視点を加えることで、その尽きることのない創造力と芸術の奥深さを改めて実感させてくれる展覧会です。
筆者もかつてアムステルダムを訪れ、《夜警》に圧倒される一方で、レンブラント・ハウス美術館で数多くのエッチングと向き合う機会を得ました。黒と白だけで描かれた世界でありながら、そこには驚くほど豊かな光と影、人物の息づかい、そして一瞬の表情までもが刻み込まれていました。とりわけ、さまざまな表情やしぐさを自在な線で描いた習作を前にしたとき、葛飾北斎(1760–1849)の『北斎漫画』を思い起こしたことを今でも鮮明に覚えています。弟子たちのための絵手本として編まれた『北斎漫画』には、人物や動物、自然を鋭く観察した無数のスケッチが収められています。時代も国も異なりますが、対象を徹底して見つめ、描くことを通して表現を磨こうとした二人の創作姿勢には、どこか通じるものを感じました。
油彩画の傑作だけでは見えてこないレンブラントの飽くなき探究心と創造力。本展は、「光の画家」の原点ともいえるエッチングの世界へと誘ってくれることでしょう。

会期:2026年7月7日(火)~9月23日(水・祝)
観覧料:一般 2,200円 / 大学生 1,300円 / 高校生 1,000円 / 中学生以下無料
050-5541-8600(ハローダイヤル)
9:30~17:30(金・土曜日は~20:00)※入館は閉館30分前まで
※入館は閉館の30分前まで
月 ※ただし、8月10日(月)・9月21日(月・祝)は開館
https://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2026rembrandt.html
海外ガイドブック編集長を経て独立。現在はフォトグラファー・ライター・編集者として、企画から制作までトータルに手がけている。映画・ドラマのロケ地を巡る旅をライフワークに。雑誌連載を通じて、その魅力を発信中。